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のべつまくなし

哲学と人生

孤独と順応

りんごを美味しく味わおうと思ったら、色々な選択肢がある。アップルパイ。手作り果汁100%ジュース。有機栽培の高額なりんごのお取り寄せ。

どれももちろん素晴らしいが、私が一番美味しいりんごの味わい方を伝授しよう。

断食直後に食べることだ。スーパーのりんご(1コ100円)でいい。それでもう十分すぎるくらい十分に、りんごは味わえる。

 

 

人間(生物)は順応する。快楽にも不快にも、私たちは頻繁で一定な刺激に対して同じ評価をくだし続けることはできない。

「たまに食べるから美味しい」といったときの美味しさを、決して毎日は味わえない。

 

 

人付き合いにおいても、私たちは順応する。

現代のsns社会はいわばつねにりんごを口にほおばるような状態で、果実を味わう暇なく、ただ栄養を得ているだけ、というのが不断に続く。これは断食とは正反対。人々は果実本来の美味しさなど久しく味わっていないのでは?

皮肉なことに、"人付き合いの果実"の味を一番よく味わえるのは、この世で一番孤独な人間なのだ。

逆もそう。孤独の味を一番よく味わえる人間というのは、世界で一番孤独とは縁遠い人間である。

 

 

人付き合いを誰よりも味わえる、誰よりも孤独な人間。

孤独を誰よりも味わえる、誰よりも孤独でない人間。

人は、順応していない方をよりよく味わうのだ。

ここから教訓が見えてくる。自分が生涯味わいたいと思う事柄には、順応しないのがいい。

順応してきたと感じる度、頃合いを見計らい"断食"する。極限の空腹状態で食べ物を口にして人は初めて気付くのだ。

「なんだ、美味しいってこんなものなんだ」

「美味しいってそういうことなんだ」

私たちの幸福感は、行為そのものよりはむしろ行為の頻度によって支えられている。