感情は一夜の夢

感情と論理は両立困難

生きていく上で何度も行う意思決定。もしその意思決定が本来得られたはずの一貫性や論理性に欠け不完全なものだとしたら、それは感情のせいといってほぼ差し支えない。

このことは脳科学的に証明されつつある。論理的思考と感情の発露とは脳の担当部位が異なり、なおかつそれらの部位は活動をゆずりあう傾向にある。つまり感情的なうちは論理的思考をするのは難しいということだ。

「寝て起きたら消えるもの」に判断を委ねない

ところで、感情とはなんだろうか。ここで私が推すのは「寝て起きたら消えているもの」という、哲学者カントによる感情(情動)の定義だ。

この定義にも、多少の脳科学的な裏付けを見いだせるかもしれない。例えば怒りというのは、脳の扁桃核という部位が活動優位になり脳をジャックした結果とみなすことができる。そしてこの"扁桃核によるジャック"は時間が経てば収まる一時的な現象だ。

怒りにとらわれて論理的な意思決定の難しい状態にある私たちに対して、睡眠は「ひとまず寝て落ち着こうよ」という保留の役割を果たす。まとまった時間 意識を「放棄」することで、脳科学的な平静状態が訪れ、感情が消えるのを待つのだ。カントはこのことを経験的に察知したのだろう。

(カントの定義を採用すれば)目が覚めた時点で"感情"は消えていることになる。そこで落ち着いて論理的に意思決定をすればいい。

補足が2つ。

  1. もちろん、平静状態で論理的になれるかどうかは個人による。しかしそれでも、感情の影響を最小限に抑えられるという点では同じように睡眠は有効だ。
  2. もし「当該の気持ち」が寝て起きても残っているようなら、それはもはや感情を超越した「その人特有の傾向性」のようなものだろう。必ずしもそれは論理的ではないが、意思決定に反映させるに足る十分な価値を持っている要素と考えて良いのではないか。

まとめ

  • 感情的になったら寝ること
  • 寝て起きて残っているものは論理性と、自分特有の傾向性。後悔しない意思決定をするには絶好の条件