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のべつまくなし

哲学と人生

知性と幸福感

哲学もどき

人々の4つの態度

人生における「決して解決できない問題」に対する人々の態度を、問題意識の有無と快感情の程度によって4つに分ける。

問題意識感情
不快
あり
1←
←2↓
なし
3→
→4↑

矢印は移行可能性(後述)

大抵の人間は問題意識がないか、あってもそこから快感情を引き出すことはない。

問題意識のない人間というのはもうそれだけで、多数派である場合が多い。問題意識を持つためには一定の思考と情報収集が必要になるが、多数派は周囲との摩擦を感じる頻度が少ないためにその姿勢をとる必要性に気づきづらい。

3: 「知らぬが仏」状態。無知ゆえの幸福、と言うと聞こえは悪いが、人間の幸福はこの形態を取ることが多い。苦労はなく、努力も要さない。

4: 得体の知れない居たたまれなさは感じているが、その原因を特定できないか、特定したとしても改善の必要性を感じていない状態。なんの努力もせず、ただただ不快感に無抵抗にひたり続ける。3と同様、4に属するにも特別の努力は必要としない。幸福感としては2と3の中間といったところ。

2: 問題意識を持ちながら、その問題の解決がなんらかの事情により延引、または阻害されていることを認識し、そのことに苛まれている状態。人間の不幸はこの形態を取ることが多い。2に属する人間は努力の必要性に気づく賢明さを持ち合わせているが、なまじ賢明なために3→2、あるいは4→2という「知的だが不幸な推移」を経験する。

1: 問題意識と快感情の反比例関係を切り崩せた人間がここに属する。人間に普遍的な精神構造を知性により克服した状態。多大な努力または知的才能を要し、それこそが1に属する人間のマイノリティ性の源泉となる。

具体例

問題 = (自分の)人生の知的レベル

3: 人生を知的観点から捉えたことがないゆえに、自分の知的レベルの高低、また他者が知性によって何をどのように為しているのか全く興味がない。興味を持つという発想すらないこともしばしばある。

4: 人生は生きづらいものだ、と嘆きはするが、その生きづらさが自分自身の知性に根ざしたものだとは夢にも思わない。また、まれに自身の知性の劣等を自覚はするが、それにより被る具体的被害についての洞察は得ていないため、不快感はそれほど高まらない。境遇に「上手に」責任転嫁をするのは、4に属する人間特有の傾向だ。

2: 人生の不遇は知性が低劣であるゆえだとはっきり自覚した上で、その状況を打破するための筋道だった努力を実践しようと奮起する。

1: 2の努力が実った状態かもしくは先天的な知的優越を行使している状態。知的レベルと幸福感の関係においてなんらかの概念操作を施すことで、そこから幸福感をえられるよう(またはそこから不快感が発生しないよう)価値観を自由に形成する。

性質

この分類について、いくつかの性質を挙げてみる。

  • 基本的には各人生まれた時点でどの区分に属するかはおおよそ決まっているが、心がけ次第では他の区分への移行を図ることができる。その際の推移は 3→4↔2→1 といった具合。ただし移行可能性については、各人の素質によるから定かではない。
  • 3→4↔2→1 という推移において最も困難なのは2→1なのは言うまでもない。また、3→4、2→1は不可逆変化である。反して、4と2は記号で示すとおり、行き来することができる(ある)。人々の幸福感の寄せ引きは、この行き来によって説明がつくものが多い。本質的ではない仮初の慰めを得ることで2から4へと逃げる(問題意識の放棄・幸福感の上昇)。しかし、問題は解決されないのだからいつかは相まみえることになる(4→2、問題意識の再来・幸福感の低下)
  • ひとつの尺度について比較すると次のようになる。

    快感情(幸福感): 1 ≒ 3 > 4 > 2

    知性: 1 > 2 > 3 ≒ 4

  • 分布比 1 : 2 : 3 : 4 は時代の潮流を大きく反映する。情報社会かつ資本主義社会においては2に属する人間がきわめて多く、3に属する人間が少なくなる。この傾向は将来更に強まると思われる。前時代においては3の割合が多かった。
  • 参照点の観点からもこの分類は整合性がある(参照点: 人が幸福感を得るにあたっての基準点。年収600万の人間が幸福感を得、400万の人間の意欲が減退するのは、平均年収500万という点を強く意識するから)。2は参照点が高いゆえに不幸な人間、4は参照点が低いまたは曖昧であるがゆえにそこまで不幸ではない人間、3は参照点を持たないがゆえに幸福な人間、1は参照点を超越したがゆえに幸福な人間となる。
  • 2、3、4は均等に分布するのに対して、1に属する人間は4区分中際立って少ない。1のマイノリティ性は次のような事実により保証されている。3と4に居るのは何の努力も要らないから楽であること、そして大多数は楽に溺れること。1への移行を試みて2に滞在するのは結果的に幸福感を最も損なうこと(4区分中2が最も幸福感が低い)。2→1への移行が困難であること。2に移行できた所で1へ移行できるとは限らず、その過程で幸福感が大きく減退するため、大多数の人間は2と4を行き来するにとどまるのだ。