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のべつまくなし

哲学と人生

心の動く音楽に出会うただひとつの方法

五感に訴えるのは思考の水準を安定させるのに有効だ。その中でもこんにち手軽かつ有効なのは嗅覚、聴覚の利用だろう。よほどの思い込み、理論武装や凝り固まった主義思想がない限り、ヒトは聴覚・嗅覚への刺激に対してその反応を制御することはできないあるいはかなり困難であるように創られている。これはどちらかと言うと定理ではなく定義である。特徴ではなく構造。

ヒトは進化の過程で五感を残したが、そこにどんな意味があるだろう。ヒトという種族が誕生してから一貫して言えること、それはヒトの究極の目的とは生きることであること。その次が良く生きること、俗っぽく言えば快楽の追求だ。快楽という目的に対して五感を手段として活用する一方、その活用法を洗練し続ける過程が仮に時代と呼ばれ、文明と呼ばれる。だがいつしか五感は単に生活を成り立たせる大前提、呼吸にとっての酸素のような存在になっている。

現代人は頭で考えすぎる割には、思考の質が伴わない。だから迷う。考える事の見かけの価値に踊らされてその実何を成すわけでもない。何をするにも根拠を理論を整合性を大義名分を必要とする。これは"人間"が歴史を重ねたゆえの必然とみるか、生物の中でも人間だけが持ち得た崇高な次元への突入とみるか、はたまた直情的で簡素で清潔な美しい原始性を失った憐れな生物とみるか。人間誰もが一様に幸福なら現状を肯定的に捉えても良いものだろうが、とてもそうは見えない。つべこべ考えずに五感への刺激を整えれば何もかもが叶うことを理解する人は少ないし、また理解したところでそれを実践できる人は更に限られる。大多数は憐れにも、時代が示した価値観のもっともらしさに逆行できずその思考方式に則るしかない。

     

さて、私もそんな憐れな一生物なのですが、ここでは突き抜けた憐れさのために、音楽について理屈をこねくり回してみます。まずは、筆者が本当に心の動く音楽にであう為に心がけていることを紹介します。  

  1. WEBサービスで音楽を垂れ流す→耳に留まる曲の詳細を控え、共通した特徴の曲を探す
  2. 自分の好きな言葉をタイトルに含む曲を探す
  3. 少しでも心の動いた曲の作曲者の作品は可能な限り全て聴く
  4. 自分が感動するものに感動した作曲者を探す

以上の手法で「詳細」といっているのは次のようなものです。

  • 作曲者
  • 作曲者の生涯
  • 作曲された時代背景
  • (出来る限り細分化された)曲のジャンル
  • 曲の楽器編成

音楽で心の底から感動するためには、あなたとその音楽とが"同質である"必要があります。同質であるとは、作曲者が曲を通して表現したい(とあなたが解釈する)概念をあなたが備えており、かつあなたがそれをその曲に見出すことのできる状態のことです。

この概念とは、感情であることが多いです。作曲者の曲を作る動機が感情であることが多いからです。感情によって曲がもたらされ、曲によって感情がもたらされる。時空を超えた感情の伝搬、なんていうとちょっと聞こえはいいですが、必ずしも作曲者の意図する概念を正しく汲み取る必要はありません。あなたの解釈が"そう"であるなら"そう"なのですから。

しかし、あなたと作曲者とで共通する特徴が多ければ多いほど、共通した概念を備えている可能性が高くなるのはいいでしょう。つまりあなたとその作曲者の曲が同質である可能性、さらに言えばその作曲者の曲であなたの心が動く可能性が高くなります。あなたと同じ境遇を生き、あなたと同じものをみて同じように感じた作曲者を探しましょう。

あなたと同質なものと同質なものもまた、あなたと同質です。この階層を重ねるのに役立つのが曲のジャンルや編成です。ですがこれは検索の際の気休め程度のもので、ジャンルや編成は感動の本質的な部分は何も担っていません。考え抜くことです。かつてあなたが感動した曲を、そしてあなた自身を、あらゆる概念的な要素に分解することで同質な曲の備える概念が見えてきます。

ここで精神的に潔癖な人は、自分の音楽に対する感動はもっと崇高だと言い張るかもしれません。私の述べてきたところの感動は、要は自分に感動しているに過ぎない実に自己完結的で浅ましいものであると言えなくもないからです。しかし、まずはそれを"物言わぬ音の羅列"として表現した作曲者への敬意と捉え、自分という存在が備えた概念が外部に存在していたことへの驚嘆と捉え、自己完結でない感動など結局は存在しないという立場から世の中を見渡せば、もう感動に優劣も貴賎もないことに気づきます。

見かけ上、心が動く音楽を能動的に探すなど興ざめもいいところで、傍らにある一曲でいつまでもいつまでも、繰り返し一生涯感動できることが理想です。しかし私たちは刻一刻と変質し、それに伴って感動できる同質な音楽も変わってしまう。いつまでも音楽で心を動かしていたいなら、自分の現在を把握し尽くすこと。その一点に尽きると思います。楽はできないです。