天才について

天才性にともなうもの、あるいは天才性そのもの

 

1.他人の認識の世界にはびこり闊歩する性質。凡人は滅多なことでは他人の思考の対象になることはない。たまになるとしてもせいぜい、嫌悪感、敵意、反感、自己投影の対象にすぎない。それに対して天才は、安々と賞賛・驚嘆の対象として他者の精神世界を席巻し、果てはその行動に多大な影響を与える。


2.天才は、生まれてから功績を残し時代の寵児と称されるまでこの方、感性を修正したことがない。凡人は処世のためには創意工夫を経て自身の感性を社会に適応するよう修正しなければならない。天才はそのような凡人の涙ぐましい努力を尻目に、感性の赴くまま特定の分野に悠々とその才能を注ぎ込み、淡々と能力に磨きをかける。

 

3.天才は人生の早期に自身の極めるべき道を特定し、(はたからみれば)根拠のない自信と確信を抱いてその道を邁進する。自身の能力の卓越性への深い理解、その道の本質を見極める慧眼、この2つの天分を以てして初めて、極めて早期での志願が達成される。


4.天才の作品(創作物)は無駄を省き洗練された結果シンプルなのであり、しばしば複雑性を経由している。一方凡才の作品は、天才の作品の安直で表面的な模倣であるがゆえにシンプルであり、複雑性は意図的に回避されている。前者が本質を損なっていないのに対して、後者は本質を欠いた出来損ないに過ぎない。加えて、天才についてはその言葉すらも作品と呼ぶにふさわしい洗練さを誇っており、その簡潔さがなお意図を稀有なものに仕立てあげている。


5.天才の言葉によれば、われわれは難解な概念をもたやすく理解することができる。適切な表現によって概念と私たちの理解の隔たりをなくしてくれるのも天才性のなせる技である。


6.天才は概念の咀嚼能力、吸収能力がともに高く、したがって経験を通じての方向修正の精密さ、早さともにずば抜けている。また、失敗への寛容な態度も天才特有の価値観のもたらす特徴である。天才は自身の能力が失敗によって損なわれるどころかむしろ養われることを熟知しており、そのことが天才を行動に駆り立てもする。


7.結局、巷にあふれかえる概念の大半は天才の労作であり、凡人は時代を通してそれらをただ使い回し使い古すことしかできない。概念に形を与え時代の象徴となるまでに普及させるのが天才の使命であると同時に、その行為自体が天才性の要請でもある。


8.天才とは卓越した能力を有した上で、その能力を俯瞰で使いこなす第二の精神を覚醒させた人物である。


9.奇行に関していえば、天才性と奇行の質、その社会からの逸脱具合はある程度は比例する。また、天才にしてみれば凡人の日常こそがある意味では奇行であり、それとは一線を画した自身の行動を奇行とは呼ばない。この無意識の奇行は時に天才性を世に知らしめる契機となるし、天才の判別法たりうる。


10.天才は労せずして利他に生きることができる。天才頼みのわれわれの生活原理、文明の本質を鑑みれば、天才の生とは凡人が利他と形容する行為そのものであることが導かれる。


11.天才は必ずしも抽象的な表現を好まず、周囲の理解度に相応しい具体度を即座に判断し具現化する。天才にとって表現とは、自分より具体的にものを考える人達への情報の伝達であるから、彼らにしてみればその相対的な抽象度はかなり低い。


12.天才の能力と精神とは高い次元で調和しており、凡人の価値尺度でそのいずれかだけを図ろうとするとその天才性を捕捉しかねる。能力と精神の調和こそが天才性の根源なのであって、高い能力あるいは優れた精神だけなら凡人が持ち合わせることもある。


13.他者に影響を与えるにあたり、天才は理屈をこねくり回す必要はおろか、究極的には言葉を発する必要もない。ただ凡人の目の前で生きてさえいれば、もうそれが至上の説得力を伴い、凡百の文説よりも真理を体現する。天才の意識は生活のあらゆる要素に行き渡っており、天才はただ求道者としてだけ言葉を発する。魂をその道に捧げている。


14.凡人が引力を懸命に演出する一方で、天才はその他者に対する精神的優越から、引力を発するも発さないも自在であるから、必ずしも常に引力をまとわない。天才にとって大切なのは常に道を極めるにあたり”それ"が必要か否かである。


15.凡人が多大な概念の波に流されるままのコンパスを持たない航海者であるなら、天才は部屋で地球儀を回しながら大洋を眺める学者とでも言えるだろうか。彼らは主観的には全く同じことをしているし、その行為を経て得るものはむしろ天才のほうが豊かである。


16.凡人が四苦八苦して到達するような所業が、天才にとり呼吸にも等しいことが往々にしてある。これは天才にこそ真理が息づいていることをよく表している。天才は常日頃真理に寄り添って生きており、そうするには天才自身と真理とが渾然一体とならなければならない。


17.天才は凡人には及びもつかない苦難に直面する宿命にある。そもそも苦難に直面することすらできない凡人に、天才の心中を慮ることは決してできないのも致し方ない。そういうわけで、同類に出会えない限り天才はひどく孤独であるが、天才はえてして孤独を受け入れる器量をも備えている。


18.上記すべてを満たしてもその時点では第二級の天才に過ぎない。第一級の天才であるためには更に時の篩と天才性の淘汰とをくぐり抜ければよい。ある二人の天才がいたとして、一方の存在は人々に完全に忘れ去られ、他方の存在は人々に讃えられるという時空上の一点が存在するなら、後者がより高位の天才である。はるか遠い未来、人ひとり分の認識の世界が天才達の存在で飽和したとき初めて、そこに残ったのが第一級の天才であることがいえる。


19.18からわかるように、第一級の天才であることの最も手短な証明は、世界からの存在の保護の獲得である。「この天才の存在は保護しなければならない」と世界に思わせるほどに隔絶した能力を知らしめればよい。これは天才性の淘汰におけるシード権のようなものである。最も、このシード権すらも淘汰は免れず、えてして天才性は本人が生きているうちには汲まれることがない。