のべつまくなし

自称本の虫。INTP型。

読書の指針5_読んだだけ書く

インプットしたならアウトプット出来るはずだ。

一冊の本を50万字とする。有名な「80対20の法則」に従えば、その本のエッセンスは10万字に凝縮されていることになる。

ここから単純に考えて、一冊の本を読んだら10万字アウトプット出来ないとおかしい。

しかも10万字では及第点だ。10万字ではあくまでその本の要旨そのものくらいだから、そこから自分の経験や推論を交えて膨らませれば20万字、30万字はかたい。100万字書けても何ら不思議ではない。

本とは本来そのくらいの潜在性は当たり前に秘めているものだ。あるいは、そのくらいの潜在性を秘めている本しか読むべきでない。

私たちは情報時代に浸かりきってしまい、一冊の本、一枚の文書、ひとつのウェブサイト、ひとつのコンテンツをむしゃぶり尽くす姿勢に欠けてきだして久しい。

お米一粒に詰まっている栄養価は、古来よりずっとお米一粒分の栄養価だ。飽食の時代で、人間が勝手に満足感を抱けなくなったに過ぎない。知的活動における本についても、この事情がそっくりそのままあてはまる。

本来読書とは実際的な目的意識に基づく知的重労働であり、アウトプットに重きが置かれないと話にならない。多読、乱読、速読と言ったインプットを重視しすぎるものは所詮、産業革命での大幅な書籍の増産に勢いづけられた、空虚な文化(概念)なのだ。歴史を辿れば、考える力の衰退なんて言葉が叫ばれ始めたのもその頃ではないか?

本に関しては、1人1冊の時代が一番恵まれていたのかもしれない。

最後に、今回の旨をこれ以上ないくらいよく言い表してくれているオリバー・ベレス『デイトレード』の一節を紹介する。

より多くを求める欲求は何ら悪いものではない。(中略)しかし、現在持てるものを完全に消化する前により多くを求めるのは強欲というものであろう。向上心の強いトレーダーは、この罠にはまりやすい。聖杯を追い求め、次から次へと参考書を替え、より多くの知識を求めるのである。(中略)しかし、こういったトレーダーが既に持てる知識を有効に活用しているのを見たことがない。彼らが今日学んだ知識、あるいは昨日身につけた技術を実践し、その成果を確認することはほとんどない。(中略)まず、やらなければならないことがあるのだ。そして、ようやく次を求める権利を得られるのである。(p.103)

先述のように文字数で読書の成果を測るのはあまりに短絡的だが、少なくとも、一冊の本から100万字を紡ぎ出した読者を誰が強欲とののしれるだろうか。